X線回折測定について初心者の方がまず利用できるようになるために、何が分かるか、どのような原理か、どう解析すれば良いのか理解頂くことを目的とし、分かりやすく(複雑な数式は割愛して)説明します。割愛した数式や詳細は、末尾で紹介する本での勉強がおすすめです。
目次
X線回折測定で分かること
X線回折測定では電子密度の規則性に関する情報を得ることが出来ます。例えば以下の情報です。
- 液晶構造
- 結晶構造
- 配向性(分子の配列に関する情報)
- 結晶化度
- らせん構造
- 結晶/液晶セグメントと非晶セグメントの繰り返し構造
(例、ブロックコポリマーが形成するラメラ、スフィア、シリンダー構造) - 相構造の変化
- 電子密度分布
主な測定装置
WAXD:Wide Angle X-ray Diffraction(広角X線回折測定)
X線入射方向に対し広角側(2θ>1~2°、主に60Å以下)の規則性を評価するための装置です。試料と検知器までの距離が短く、比較的小型なものが多いです。
SAXS:Small Angle X-ray Scattering(X線小角散乱法)
X線入射方向に対し小角側(2θ<10°、主に5nm(50Å)~100nm)の規則性を評価するための装置です。小角側の解像度を高めるために試料と検知器までの距離を長くする必要があり、比較的大型な装置が多いです。
※検知器は1次元(1D-WAXD/SAXS)、2次元(2D-WAXD/SAXS)のものがあり、2次元検知器では分子配列などより詳細な情報を得ることができます。
測定可能な試料
液体・固体(バルク)・繊維・フィルムなど、どんな状態でも試料にX線に当てることが出来れば測定可能です。量としては数mgで評価可能です。
強度を稼ぐためにX線透過方向に1mm程度の厚みがあることが好ましく、フィルムの場合は短冊状にカットし積層させる工夫などを行います。
液体や粉末でもキャピラリー管と呼ばれる薄いガラス管に詰める事で評価可能です(ガラスは非晶状態であり微弱な強度の回折像が現れますが、薄いため極めて強度が弱く目的試料の評価には影響を及ぼしません)。
基材上に塗布された薄膜試料にX線を微小な角度で照射することで、基材を透過すること無く試料の内部構造に関する情報を評価できるGI-WAXD/SAXSという評価方法もあります。
X線回折測定の原理と構造解析の方法
ブラッグの式
図1のように、間隔dで規則正しく配列している各分子にX線を照射すると、反射角=入射角=θで散乱が発生します。Bからの散乱はAに比べて\( 2d\sin \theta\)分遠回りしており、この経路差がX線の波長:λの整数倍の場合は波の性質により散乱波が強め合い、検知器で反射として検知することができます。
これをブラッグの式と言います:\( 2d\sin \theta = nλ\)
一方、経路差:\( 2d\sin \theta\)がλの整数倍ではない時、位相がずれた無数の分子からの散乱波の重ね合わせにより、強度は平均的に0となるため検出されません。
厳密にはX線発生源からの距離①、検知器までの距離②は、AとBで僅かに異なりますが、分子配列(Åレベル)に比べて、X線発生源~試料~検知器間の距離は非常に長いため(cmレベル)無視して問題ありません。
ミラー指数と実空間
規則的に分子が配列した構造について、最小の繰り返し単位となるような格子(primitive latice)を取ります。
※図2のように、最小単位の格子ではなく面心格子を取っても説明可能ですが、消滅測というややこしいことを考慮しなくてはいけないので、最小単位の格子で考えることを推奨します。
分子配列の規則性についてミラー指数(hkl)を用いて表現することができます。
h, k, lを整数として、a軸と\(\left|\vec{a} \right|\)/h、b軸と\(\left|\vec{b} \right|\)/k 、c軸と\(\left|\vec{c} \right|\)/lで交わる面を(hkl) 面と呼ぶことにします。
(ただしh,k,lは互いに素(互いに割り切ることができる正の整数が1以外に無い))
a軸と交わらない場合はh=0、b軸と交わらない場合はk=0、c軸と交わらない場合はl=0とします。
上記は原点に一番近い単位格子を切断する面だけを考えたものですが、等間隔で並ぶすべての平行平面を(hkl)面で表します。
(hkl)面の間隔を\(d_{hkl}\)とし、この現実の分子配列を表す空間を実空間、単位格子を表す\(\left|\vec{a} \right|\), \(\left|\vec{b} \right|\), \(\left|\vec{c} \right|\)を実格子ベクトルと言います。
X線回折測定では、(hkl)面に関する情報(面間隔\(d_{hkl}\)やその向き)を得ることが出来ます。分子配列とそれがX線回折像でどのような像で得られるか理解するために、逆空間とエワルド球という理論について導入します。
逆空間
※ここから理解が追い付かなくなる人が多くなると思います。まずはX線回折測定を利用できるようになるために、以降の説明はそういうものだと思って頂ければ十分です。各理論をつなぎ合わせるための詳細な計算や原理は、末尾で紹介する本で勉強することを推奨します。
先ほどの実空間・実格子ベクトルに対し、X線回折測定でどのような回折像が得られるか理解するための仮想空間として逆空間・逆格子ベクトル\(\vec{d_{hkl}^*}\), \(\vec{a^*}\), \(\vec{b^*}\), \(\vec{c^*}\)を定義します。
$$ \vec{d_{hkl}^*} = h\vec{a^*} + k\vec{b^*} + l\vec{c^*} $$
$$ \vec{a^*} = \frac{\vec{b} \times \vec{c}}{\vec{a} \cdot \vec{b} \times \vec{c}} , \vec{b^*} = \frac{\vec{c} \times \vec{a}}{\vec{b} \cdot \vec{c} \times \vec{a}} , \vec{c^*} = \frac{\vec{a} \times \vec{b}}{\vec{c} \cdot \vec{b} \times \vec{c}} $$
実空間での(hkl)面に対応する情報は逆空間では\(\vec{d_{hkl}^*}\)の終点で表され、[hkl]と表記します。
\(\vec{d_{hkl}^*}\)は実空間の(hkl)面と垂直に交わり、面間隔は実空間と逆数の関係を持ちます。
$$ \left|\vec{d_{hkl}} \right| = \frac{1}{\left|\vec{d_{hkl}^*}\right|} $$
エワルド球
最初の図1の話に戻ります。入射X線ベクトルを\(\vec{k}\)、散乱X線ベクトルを\(\vec{k}_0\)とし、散乱ベクトル\(\vec{q} = \vec{k} – \vec{k}_0 \)を定義します。散乱前後でX線の大きさは変わらなく|k|=1/λであり、色んな方向(0≦2θ≦\(\pi\))に散乱されるため、\(\vec{q}\)は半径1/λの球上に存在します。この球をエワルド球と呼びます。
割愛しますが数式を解くと、散乱ベクトル\(\vec{k}\)が逆格子ベクトル\(\vec{d_{hkl}^*}\)と一致する場合、ブラッグの式が満たされ、エワルド球の中心から見て、散乱ベクトル\(\vec{k}\)が逆格子ベクトル\(\vec{d_{hkl}^*}\) が交わる箇所、すなわちエワルド球と\(\vec{d_{hkl}^*}\)の交点が反射として検知されます。
図7は単結晶の逆空間とエワルド球の関係、得られる回折像を示しております。
c軸方向に延伸された繊維試料の場合、c軸方向には分子配列は制御されていますが、c軸回りには配列の制約が無く、単結晶の状態からc軸回りに少し回転された逆格子もあり、全体的にはc軸回りに回転した軌道上に逆格子の各点が存在します。つまり繊維試料の場合、c軸を軸とした各逆格子点の円とエワルド球の交点が反射として検知されます(図8)。
バルク(無秩序な固体)の場合、a, b, c軸全てにおいて配列の制約が無く、原点Oを中心に回転した各逆格子点の球とエワルド球の交点が反射として検知されます(図9)。
上記は2次元検出器によって得られる回折像上の反射の例を示しましたが、1次元検出器の場合はy軸上の反射の情報のみを得ることができます。
未知の構造の解析方法
X線回折測定では得られた反射の位置から\(\vec{d_{hkl}^*}\)の位置と\(2\theta\)すなわちブラッグの式を用いる事で面間隔\(d_{hkl}\)に関する情報が分かり、未知の構造を解析することが出来ます。
バルク(無秩序な固体)では面間隔\(d_{hkl}\)に関する情報のみ得られますが、繊維試料や薄膜試料などの分子配列が制限された試料を測定することで\(\vec{d_{hkl}^*}\)の位置に関する情報も得られ、構造解析がしやすくなります。
基本的な解析方法としては、以下の順序で行います。
- バルクや繊維試料などの制限が異なる各サンプルを測定する。
- 得られた\(\vec{d_{hkl}^*}\)の位置および面間隔\(d_{hkl}\)の情報から、逆空間でモデル構造を構築する。
- モデル構造から予想される反射と、実際に得られている反射に矛盾が無いか確認する
(検出されるべき反射が実際に得られているか、モデル構造で説明できない反射が実際に得られていないか確認する) - モデル構造を実空間に戻し、分子構造やその他の評価結果(偏光顕微鏡観察やDSC測定結果など)と比べて、モデル構造が妥当か確認する。
おすすめの本
本サイトでは、まずはX線回折測定を直感的に利用できるようになってもらうため、複雑な数式や詳細な原理説明は割愛しました。
しかし、X線回折測定は非常に有力な評価方法であり、より正しく詳細に原理を理解することで、らせん構造や電子密度分布などに関する情報を得ることができます。
そこで、もっと詳細に勉強したいという方には「X線構造解析―原子の配列を決める(著者:早稲田嘉夫、松原英一郎)」を強くおすすめします。
X線回折測定の基本から応用的な原理について詳細に丁寧に説明しており、この本1冊で十分にX線回折測定に関する知識を十分に付けることが出来ます。
最後に
X線回折測定は難しそうと思う方もいるかもしれませんが、複雑な数式を理解しなくても十分に利用することができます。そして、簡単に有力な情報が得られる非常に優れた測定方法です。
最初から原理を全て理解する必要はありません。まずは本情報を参考に実際に評価してみて下さい。そして、さらに詳細な知識が必要となった時にはおすすめさせていただいた本を御参照ください。