【X線回折測定法】未知な結晶・液晶構造の分かりやすい解析方法

未知な結晶・液晶構造について、X線回折測定法(WAXD)を使って具体的にどのように構造解析すれば良いの?試料はどのように準備すれば良いの?という疑問をわかりやすくお答えします!

目次

  1. 試料作成
  2. X線回折測定
  3. 解析
    1. 反射情報を読み取る
    2. 逆空間上でモデル構造を考える
    3. 実空間(現実世界)でのモデル構造へ変換する
    4. 得られた反射がモデル構造から説明可能か確認
    5. 分子構造、他の評価結果と比較しモデル構造の妥当性確認
  4. まとめ
  5. X線回折測定を理解するためにおすすめの本

1.試料作成

予め偏光顕微鏡やDSC測定で相転移温度を確認しましょう。

未知の構造を解明するためには、無配向試料(①バルク試料)と少なくとも1種類の配向試料のX線回折測定を行うことが多く、配向試料としては容易に高配向度な試料を作成できる②繊維試料をお勧めします。

反射強度を稼ぐために、いずれの試料も厚み1mm程度ある事が好ましいです。

①バルク試料(無配向試料)

特に何の工夫もせずに得られる固体試料のことです。粉砕してキャピラリー管に詰めると扱い易いです。

精製時の履歴を消去するために、等方相まで(試料が分解しない範囲で)加熱し徐冷した後にX線測定する。

②繊維試料(配向試料)

  1. 等方相もしくは液晶相に加熱する。
  2. ピンセットでサンプルをつまみ上げ急冷することで繊維試料を得る。
  3. 加工時の履歴を消去するために、配向が崩れない範囲で高温(目安:等方相転移温度-5℃程度、試料が分解しない範囲)まで加熱し徐冷した後にX線測定する。

※基本的に高分子主鎖が繊維軸方向に制限された試料が作成できます。

※配向度を高めるためにつまみ上げる速度や加熱温度の工夫が必要です。何本か繊維試料を作成し、より高配向度な試料を偏光顕微鏡で選択します。

③薄膜試料(配向試料)

溶融法か溶媒キャスト法で作成し、基本的に高分子主鎖が薄膜平行方向に制限されます。反射強度を強めるために、薄膜を短冊状に切り重ねることで厚みを稼ぎます。

※繊維試料の方が高配向度な試料が作成し易いです。

※加工時の履歴を消去するために、配向が崩れない範囲で高温(目安:等方相転移温度-5℃程度、試料が分解しない範囲)まで加熱し徐冷した後にX線測定する。

※GI-WAXD/SAXD用試料は、薄膜を単離する前までの操作で作成できます。

・溶融法

  1. 基板上に試料を置き等方相もしくは液晶相まで加熱する。
  2. 別の基板で試料をサンドイッチ状態にし、圧力を加え薄膜にする。
  3. 冷却後、基板を剥がすことで薄膜試料を得る。

※圧力を加える際に特定方向にずりを加えることで、高分子主鎖がその方向に制限されることがあります。

・溶媒キャスト法

  1. 試料を溶媒に溶かしシャーレ上に満たす。
  2. 可能な限り低速度で溶媒を蒸発させる。
  3. ほぼ溶媒が蒸発した後、溶媒を完全に除去するために試料を真空乾燥する。
  4. シャーレごと貧溶媒に浸し、薄膜試料を単離する。

④磁場配向試料(配向試料)

  1. キャピラリー管に試料を詰める。
  2. 磁場印加装置内で等方相まで(試料が分解しない範囲で)加熱し、磁場を印加させながら徐冷することで磁場配向試料を得る。

2.X線回折測定

「1.試料作成」で作成した試料を用いてX線回折測定を行います。同一試料でも向きによって分子配列が異なる場合は、それぞれの方向からX線照射することで構造解析のためのヒントを多く得ることができます。

3.解析

ここからは、側鎖長2.54nmの側鎖型高分子についての繊維試料のX線回折測定結果(図1)を例に説明します。

X線回折測定で得られる反射は、「【X線回折測定法】初心者向け・簡単に分かる原理と構造解析方法」にて、モデル構造の逆空間での格子点とエワルド球の交点と説明しました。

未知な構造の解析は、(1)反射情報を読み取る →(2)逆空間でのモデル構造を考える →(3)実空間(現実世界)でのモデル構造へ変換する、という順序で行います。

(1)反射情報を読み取る

X線回折像より得られた反射について、①d値(面間隔、2θからブラッグの式にて算出)と②方位を読み取る。

図1. 側鎖型高分子のX線回折測定結果(例)
No. X線回折測定結果
d (nm) 検出された方位 (°)
(繊維軸からの角度)
1 3.88 90
2 1.94 90
3 1.30 90
4 1.18 90
5 1.01 90
6 0.97 90
7 0.86 90
8 0.78 90
9 0.49 29

(2)逆空間上でモデル構造を考える

側鎖型高分子の場合、0.4~0.5nm付近は側鎖に由来する反射(No.9)、それ以外は主鎖に由来する反射(No.1~8)であることが多く、まず主鎖が形成する構造について逆空間上でモデル構造を考えます。方眼紙、トレーシングペーパー、コンパスを用意して下さい。

(a). 方眼紙に直線と原点を引く。

(b). 方眼紙に半径が各反射の1/d値に比例する様に、主鎖に関する各反射(No.1~8)の半円を描く。

No. X線回折測定結果
d (nm) 1/d 1/d × 適当な整数倍
(方眼紙に描く半径(mm))
1 3.88 0.26 2.32
2 1.94 0.52 4.64
3 1.30 0.77 6.92
4 1.18 0.85 7.63
5 1.01 0.99 8.91
6 0.97 1.03 9.28
7 0.86 1.16 10.47
8 0.78 1.28 11.54

(c). トレーシングペーパーに方眼紙上の直線と原点を写し、1/d値が整数倍の関係にある(表で黄色背景)、ある1組の反射の組み合わせについて、トレーシングペーパーに引いた直線上に半円との交点を印付ける。

(d). トレーシングペーパーに引いた直線と方眼紙に引いた直線が平行となるようにトレーシングペーパーを移動させ、(c)で利用しなかった反射の半円上に、(c)で付けた印が乗るようにする(必ずしも、(c)で利用しなかった全ての反射の半円上に印が乗らなくても構いません)。

(e). 新たにトレーシングペーパーに方眼紙上の直線と原点を写し、(c)で選んだ1/d値が整数倍の関係にある組み合わせについて、同様に、トレーシングペーパーに新たに引いた直線上に半円との交点を印付ける。

(f). (d)とまったく同様に、同方向に同じ量だけトレーシングペーパーを平行移動させ、(e)の操作を行う(以後、この操作の繰り返し)。

※全ての半円上に、トレーシングペーパー上に付けたいずれかの印が乗らない場合は、(c)で選ぶ組み合わせが間違っているか、主鎖が3次元格子を形成しているかのどちらかです。高分子液晶の場合、3次元格子を形成ことは少なく、まずは(c)で他に1/d値が整数倍の関係にある反射の組み合わせがある場合は、その組み合わせで(c)からやり直してください。

(3)実空間(現実世界)でのモデル構造へ変換する

(a). トレーシングペーパー上に描かれた点が逆空間でのモデルの格子点となります。最小単位格子を描き、格子定数を読み取ります。

(逆格子定数) = (トレーシングペーパー上の長さ) ÷ (便宜上施した整数倍)

$$ \left|\vec{a^*} \right| = 2.32/9 = 0.257 (nm^{-1})$$

$$ \left|\vec{b^*} \right| = 6.92/9 = 0.768 (nm^{-1})$$

$$ \gamma^* = 80.4°$$

(b). 「【X線回折測定法】初心者向け・簡単に分かる原理と構造解析方法」で説明した通り、

$$ \vec{a^*} = \frac{\vec{b} \times \vec{c}}{\vec{a} \cdot \vec{b} \times \vec{c}} , \vec{b^*} = \frac{\vec{c} \times \vec{a}}{\vec{b} \cdot \vec{c} \times \vec{a}} , \vec{c^*} = \frac{\vec{a} \times \vec{b}}{\vec{c} \cdot \vec{b} \times \vec{c}} $$

を用いて逆空間格子を実空間格子に戻すことで、実空間でのモデル構造の格子情報を得ます。ここでは主鎖は2次元格子を形成しており、主鎖軸は2次元格子に対し垂直方向に存在している(\(\alpha\)=\(\beta\)=90°)と仮定すると、上記式は

$$\left|\vec{a}\right| = \frac{1}{\left|\vec{a^*}\right| \sin \gamma^*} , \left|\vec{b}\right| = \frac{1}{\left|\vec{b^*}\right| \sin \gamma^*} , \gamma = 180 – \gamma^*$$

となります。
こちらを用いて実空間でのモデル構造の格子定数a,b,\(\gamma\)を導きましょう。

$$ \left|\vec{a} \right| = 3.94 nm, \left|\vec{b} \right| = 1.32 nm, \gamma=99.6°$$

(4)モデル構造で得られた反射が説明可能か確認

No. X線回折測定結果 モデル構造
a = 3.94 nm, b = 1.32 nm, \(\gamma\) = 99.6°
(\(\alpha\) = \(\beta\) = 90°)
d (nm) 方位 (°) hkl d (nm) 方位 (°)
1 3.88 90 100 3.88 90
2 1.94 90 200 1.94 90
3 1.30 90 010
300
1.30
1.29
90
4 1.18 90 110 1.18 90
5 1.01 90 210 1.01 90
6 0.97 90 400 0.97 90
7 0.86 90 310 0.85 90
8 0.78 90 500 0.78 90
9 0.49 29

モデル構造から算出される反射により、実際に得られた全ての反射を説明することが出来るか確認しましょう。説明できない反射がある場合はモデル構造が正しくない、局所的に異なる構造が混在しているなどの可能性があります。

また、No.9の反射は側鎖由来の反射であり、繊維(主鎖)軸に対して側鎖が約61°傾いて平均0.49nmの距離で存在することを示唆しています。

(5)分子構造、他の評価結果と比較しモデル構造の妥当性確認

図2. モデル構造

これまでの解析により、主鎖はa = 3.94 nm, b = 1.32 nm, \(\gamma\) = 99.6°の2次元格子を構成し、側鎖は主鎖に対して約61°傾き、主鎖2次元格子a軸方向に層構造形成している(SmC相)と考えられます。

側鎖長2.54nm傾き角:61°より、側鎖長の主鎖軸垂直方向成分の大きさは2.22nmですが、他方から伸長している側鎖と末端同士が重なる事で層間隔3.88nmの2次元格子を形成していると考えると、側鎖長・傾き角度に関しても大きな矛盾は無さそうです。

高分子液晶では対称性の低い2次元格子を形成することはエネルギー的に不利であり、あまり例はありませんが、実はこの2次元格子a = 3.94 nm, b = 1.32 nm, \(\gamma\) = 99.6°は、面心格子a = 7.77 nm, b = 1.32 nm, \(\gamma\) = 90°とも考えることができ、対称性の観点からも矛盾点は無い様です。 他にも、異なる温度で形成する違う液晶相の構造や、類似高分子が形成する液晶相の構造などと比べ、モデル構造が妥当か判断します。

また、今回は繊維試料のX線回折測定結果のみよりモデル構造を考えましたが、バルク試料や他の配向試料、GI-WAXDなどのX線回折測定も行い、全ての反射がモデル構造で説明出来るか確認することも重要です。

4.まとめ

  • 少なくとも無配向試料(バルク試料)と配向試料を用意し、X線回折測定を行う。
  • X線回折測定結果から反射情報を読み取り、トレーシングペーパー、方眼紙、コンパスを用いて逆空間上でモデル構造を組み立てる。
  • 実空間上のモデル構造に変換し格子定数を導き、実際に得られた反射が説明できるか確認する。
  • 分子構造、他の評価結果と比較し導いたモデル構造が妥当か考察する。

5.X線回折測定を理解するためにおすすめの本

X線回折測定は非常に有力な評価方法であり、より正しく詳細に原理を理解することで、らせん構造や電子密度分布などに関する情報を得ることができます。

ここで紹介した原理や、もっと詳細に勉強したいという方には「X線構造解析―原子の配列を決める(著者:早稲田嘉夫、松原英一郎)」を強くおすすめします。

X線回折測定の基本から応用的な原理について詳細に丁寧に説明しており、この本1冊で十分にX線回折測定に関する知識を十分に付けることが出来ます。

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